新潮社

冬の鷹 (新潮文庫)

冬の鷹 (新潮文庫)

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おすすめ度 :おすすめ度:4.5

吉村 昭

種類 : 文庫

高さ : 63hundredths-inches

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新潮社

長さ : 591hundredths-inches

ページ数 : 361 ページ

発行日 : 1976-01

出版社 : 新潮社

発売元 : 新潮社

重量 : 49hundredths-pounds

幅 : 417hundredths-inches

発送可能時期 : 在庫あり。

価格 : 580円(税込)ショッピングカートに入れる


冬の鷹 (新潮文庫) 購入者のレビュー

江戸のプロジェクトXおすすめ度:5

 江戸時代という制約の中で、必死に一大プロジェクトを成し遂げた男たちの物語。言ってみれば江戸のプロジェクトXといったところか。
 吉村氏も膨大な資料調査や、同様の翻訳作業を経たそうで、筆の端々に重みを感じさせる。
 目標を立てて、誰も成し遂げたことのない世界を切り開いた偉業は、今日のわれわれにも教えるところは多い。ここから蘭学が進歩し、そこから幕末明治の英学につながり、やがて現在の英語学や言語学にもつながるのだ。中高生が辞書を粗末にしたり、電子辞書をおもちゃのように使っているのをみると、これはいいことか、悪いことなのか、考えさせられる。


現代に続いていますおすすめ度:5

ターヘルアナトミアを翻訳した杉田玄白、前野良沢。出版には反対し良沢は玄白とは別の道を歩んでいくことに。この翻訳作業の場面は、読んでいる自分が憂鬱になってくるのが判るくらい緊迫しています。辞書もなく外国の言語を訳すという作業は、私には全く想像ができません。大型の書店に行けば世界中の言語の辞書が並んでいるし、専門書もほぼ100%翻訳されている現在の日本では想像を絶する作業です。
あとがきに良沢が家族とともに眠っていると記されていることを読んだとき、何か胸が熱くなりました。


前野 良沢への解釈が極端おすすめ度:4

吉村昭の流石に重厚な筆致を彼の日本医家伝を読んだ後でさらに感じたし、実に面白く読めた。だが、あまりに前野 良沢を美化し、杉田玄白を俗人化しすぎたところが鼻につく。多分吉村昭自身が前野 良沢的人間でなかったのかと。今年膵臓がんで死ぬときに点滴を自ら引き抜いて逝った態度がその反映か。となれば、晩年の彼の随筆を読んでみたくなる。


光に背を向けた人生、光を目指した人生、おすすめ度:4

~オランダの医学書『ターヘル・アナトミア』を訳した『解体新書』
オランダ語を日本語に訳した満足な辞書もなく、師となる人もいない。
そのような時代に、いかにしてオランダの医学書が翻訳されたのか。
この本はそれを教えてくれる。

たぶん、多くの人がそうなのだろうと思うのだが、
~~
私は、『ターヘル・アナトミア』の訳業に前野良沢という人が中心的役割を担ったということを知らなかった。
もちろん、学校でもその名前を教えてもらった記憶は・・・、ない。
私の頭の中では、『解体新書』=杉田玄白だったのである。

そんな私が、みなもと太郎先生の『風雲児たち』で、初めて前野良沢を知った。
~~
『風雲児たち』の中の、前野良沢に男惚れをして、
彼をもっと詳しく知りたくて、買った本がこれなのだ。

訳業の中心的役割を担いながら、ついにその書に名を残さなかった前野良沢。
その書の刊行とともに、大医家への階段を駆け上がった杉田玄白。
その光と影のような対比の中に、二人の価値観、人生観が描かれる。

良沢八十一才、玄白八十五才。
~~
光に背を向けた人生と、光を目指した人生と言えるかもしれない。
人生の終焉における立場はまったく違ってしまったけれど、
それぞれの人生において、きっと幸せであったに違いない。

「誠に櫓舵なき船の、大海に乗り出だせしが如く・・・・」
この海に、果敢にも挑んだ人々に、感謝。~


「判官贔屓」の危険性おすすめ度:4

 みなもと太郎の名作コミック「風雲児たち」を読んでいたので、マイナーな題材であっても、すらすらと読めた。昭和40年代の作品にしては、文章も読みやすいと言える。

 しかし、吉村昭氏の玄白と良沢の捉え方、描き方は、率直に言って共感出来なかった。

 著者は、前野良沢の潔癖さ、ストイシズムを暖かく見つめているのに対し、杉田玄白の現実的、合理的な姿勢には、一貫して冷淡な視点を持している。感性は人それぞれの世界であり、著者の描き方もひとつの主観の世界である以上、全否定はしない。

 ただ、判官贔屓が好きな日本人の性質を考えるとき、吉村昭氏の描き方は、むしろ「日本人ウケしやすい」書き方であり、それによって、杉田玄白の姿勢を、功利的とか打算的という言い方で割り切って卑小化しまう危険性を、私は危惧する。

 医学上の優れた知識も発見も研究も、広く世間に発表されてこそ人々を救うことが出来るのであり、不完全な翻訳でも発表を急ぎ、発表の為に必要な政治的な準備を整えた杉田玄白の姿勢を、私は真に偉大だと思う。
 心に理想の火を灯しつつ、現実の延長線上に着実に成果を築く姿勢こそ、古今東西を問わず英雄たる者の資質であるからだ。

 作者はそういう玄白の姿勢を、良沢の眼を通して、「功名心」「名誉欲」という言葉で、卑小化してしまっている。理想も持たずして、徒に金銭や出世や名声を求めているのならば論外であるが、杉田玄白の85年の生涯を俯瞰するとき、そういった卑しさは全く感じない。

 確かに、彼に語学の才能は無かった。解体新書の翻訳がほとんど前野良沢の独力に拠ったことも事実である。また、学究肌でもなく、優れたオルガナイザーに属する人物だった。しかし、決して低俗な人物ではなかった筈だ。

 そのような人物であったなら、大槻玄沢をはじめ優れた門人を育て、当時明らかに危険視される可能性の高かった「蘭学」という新しい学問の砦を築き守れたはずがない。

 ここに描かれる前野良沢の在りよう(=作者の視点)は、「清廉」というよりも偏執的な「狭さ」が感じさせられ、むしろ不愉快ですらある。勿論、前野良沢の生き方も人間のひとつの「美」の形であることは否定しない。ただ、それを評価することと、杉田玄白の姿勢を批判することは、全く別の問題であるはずだ。